食べるズワイなんかより子供の頃のサワガニのおもいで

サワガニの思い出

私が「カニ」と聞いて思い浮かべることは、北海道の美味しいカニでも、中国の高級カニ料理でもない。

 

家が裕福ではなかったためこれまで本物の美味しいカニは食べたことがないかもしれない。「カニ」は、私に幼い頃の切ない夏の思い出を思い起こさせる。小学校二年生の夏休みのことだった。その日の宿題をさっさと終わらせ、朝から友人と少し遠くの山に遊びに出かけた。

 

みーんみーんとセミの声が大きく響き渡る中、空気も澄んで地上よりはだいぶ涼しい山の中で、私たち二人は走り回ったり虫を採ったりと夢中で遊んでいた。次第に山の奥の方まで入り込むと、小さな沢があり、私はそこで小さなサワガニを見つけた。田舎育ちといっても平成生まれである、自然の生きているカニを見たのは初めてだった。

 

そっと近づき、小さな体の割に立派なハサミにはさまれないように注意しながら、えいやっと捕まえた。捕まえられたカニは、手足をがさがさと動かし抵抗するも、私にむんずと捕らえられどうすることもできない。私はそれを持っていた透明の虫取りケースに入れ、水と砂を少し入れ、家に持ち帰った。家に帰るとお母さんから、「どうするのそれ?唐揚げにする?」と言われ、とんでもない、飼うのだと私は言った。

 

倉庫から埃を被った小さな水槽を引っ張り出してきて、そこに改めてきれいな水と、庭にあった石ころと、おもちゃ用にまつぼっくりやドラえもんのフィギュアやらを入れて、カニのおうちを作った。部屋に置いて眺めてみる。カニははじめのうちはせわしなく動き回っていたが、まつぼっくりと大きな石の間に隠れ腰を据えた。おうちが気に入ってもらえたようで私は満足だった。

 

 

明日はカニと何をして遊ぼうかと、わくわくしながら眠った。カニは、私にとって初めてのペットだった。なぜか名前はつけずに、ただ単に「カニ」と呼んでいた。その日から私は毎日カニのお世話をした。毎日水を取り替え、餌のミミズをやり、おもちゃを変えてみたり、庭に放して散歩させたり、忙しかった。私が「カニ」と呼びかけると、動きをとめじっとこちらを見る。

 

小さくくりくりした目がとても可愛い。一週間ほどすると、体が成長しているように見えて、母親になったかのように嬉しかった。

 

そんなふうに私たちは毎日仲良く遊び、さらに三日程たったある日のこと。いつものように水を取り替えようと水槽に手を伸ばすと、カニが自慢のハサミで私の人差し指を思い切りつかんだ。私は驚きと痛さで水槽から手を出し腕を振り回した。するとカニはぽーんと宙を描いて遠くに吹き飛ばされ、コンクリートの地面に落下した。血の出る指もかまわず私は何も考えられずにカニのもとへ走り寄った。固い地面に叩きつけられたカニは、よろよろと何歩か移動をし、そのまま動かなくなった。

 

じりじりと熱い太陽が私と動かなくなったカニを照らしていた。これが、私のとある夏の思い出である。「カニ」と聞くと、わずか二週間足らずの私とカニの楽しかった生活と、悲しくも、消えゆく命を目に前にした何か静かなあの気持ちを思い出さずにはいられない。